上祐史浩の「オウム真理教を脱会して」はどうして信用されないのか

オウム真理教・破壊的カルト
オウム真理教・破壊的カルト日本共産党・左翼

上祐史浩の「危険な宗教の見分け方」

本棚を整理していたら、懐かしくも凄い本が出てきた。

危険な宗教の見分け方
田原総一朗+上祐史浩著

 2013年11月5日発行。上祐史浩が語る「危険な宗教の見分け方」。鳥越俊太郎+菅野完著「危険な男の見分け方」みたいに考えれば、ある意味説得力があるのかもしれない。ただ、当然のことながら「どの口が言ってるんだ」という話になる。出版社も確信犯で「狙った」タイトルをつけたのだろう。

上祐の「脱会してひかりの輪を立ち上げた」が、”何か” にそっくり

 さて、この日記の読者で、「上祐史浩はオウム真理教の脱会者」と思ってる人は皆無だろう。いや、世間でも、上祐史浩は「オウム真理教の脱会者」と思っている人は皆無だろう。マスコミはかれがマスメディアに出演するたびに「オウム真理教を脱会して、新団体「ひかりの輪」を結成した。」と紹介してあげてるのに。
 ふと、上祐史浩の「オウム真理教を脱会して」「麻原信仰は誤りだった」などが、「あれ」にそっくりなことに気がついた。「あれ」とは「あの政党」の「あれ」である。

 日本共産党は、ソ連・中国と違って、自由と民主主義を、ウピーッ!

 もちろん、信頼度は日本共産党の方が遥かに高い。タントラヴァジラヤーナを信奉する日本の知識人は皆無だけど、マルクス主義の影響お受けた知識人は世界中にいる。太陽寂静国は作られたことがないけれど、民主主義人民共和国は随分と作られてしまった。論理構成としても、ひかりの輪は過去の理論を全面否定しているけれど、日本共産党のウピーッは現実社会や過去の自分達そしてマルクス・エンゲルス・レーニンとの辻褄合わせ。思想はあくまでも正しくて、運用が違うと言いたい。

 ただ、この言い訳の雰囲気が、どこか構造的似ている気がするのだ。隠したいことや誤魔化したいこと。そして国民に言い訳があんまり信用されてないこと。だけど、そこそこマスメディアには人気があること。

政治と宗教は結果論

 政治の世界は結果論。それは宗教に言えるのであって、やってみて駄目だったら、もう駄目なのだ。

 上祐史浩の新団体が社会的信頼を得るには、パン屋とか、宗教と関係ない新しい会社を作るのが良いかもしれない。尊師直伝の激安人件費で、弁当だと「うまかろう安かろう」を思い出させてしまうので、激安パン屋を作る。しかし、それでも「あ、上祐が!」となるので難しい。

 実は、上祐に比べれば10,000倍は社会的信頼度がある日本共産党も実は同じなのだ。自らが火炎瓶闘争を展開し、34あった衆議院議席をすべて失ったこともさることながら、ソ連中国インドシナ等、過去に外国で出来上がった外国共産主義国がことごとくナチス顔負けナチス超えの大量虐殺。自由と民主主義が否定された奴隷国家で飢餓や侵略戦争。これが全てなのだ。しかも、そこそこ出来の良い言い訳だったユーロコミュニズムも自ら否定し、イタリア共産党もソ連崩壊を待たずに消えた(民主的新党に移行)。
 その後も、中国と「国交回復」したり、現実との辻褄合わせを続けた日本共産党。上祐の「全面否定と称し大筋肯定」ではなく、現実や世論や理論との辻褄合わせがゆえに、なかなか「すっきり」世間を説得することができない。

言いわけが最も簡単そうな家庭連合ですら

 それは家庭連合も同じなのだ。
 オウム真理教・日本共産党と違って、殺人で大事件を起こしたのは「敵側」。問題は万物復帰と称する高額献金だけ。何せ殺人鬼の擁護者と戦うのだ。言い訳を開発するのは、そんなにむつかしい話ではない。
 しかし、コンプライアンスごときでは誰も納得しなかった。
 何しろ、叩いてる方だって、家庭連合を叩いてるのか自民党を叩いてるのか分かったもんじゃない。一方、教祖も「韓国の菅野完」から「被害者の宗教2世」に変更してから長い。事実、あの男の安倍晋三さん殺人事件がなければ「オワコン」と目されていた団体だ。

 全体主義的な思想は何やっても一定の限界が生じる。そして全体主義的な思想は必ずどこかで何かをやらかす。その限界が「オウム真理教>統一教会>日本共産党」の順になっているのだ。

 

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