オウム真理教(不)定期刊行物

金剛菩薩フォーラム(1996年3月~6月のサマナ向け週刊紙と思われる)

 アーチャリー正大師のコメントやフレンドリーな作りが特徴的な4ぺージ週刊紙。破戒(特に性欲)が強調?

覚醒の時(1997年頃のオウム真理教機関誌)

破防法の解散命令が浮上した際に、適用回避のために、1996年に尊師を開祖にし、教祖を麻原彰晃の2人の子供(松本鏡暉・松本璽暉)に変更した頃の教団機関誌です。当時2人の子供はリンポチェ猊下と呼ばれていました。
なお、2025年8月に、次男の松本璽暉が2014年より教団を支配していると公安が認定になり、多くのマスコミに報道されました。

オウム神仙の会 会員誌「MAHAYANA」

オウム真理教の前身で1987年に゙発行された教団機関誌「MAHAYANA」。上祐史浩など多くの幹部がこの時期から活動していることが分かり興味深いものがあります。

オウム真理教出家修行者用機関誌「シッシャ新聞」「シャモン新聞」「サマナ新聞」

1989~1990年年の教団機関誌。出家修行者(いわゆるサマナ)は、シッシャ→シャモン→サマナと呼称が変更してます。なお、宗教法人「オウム真理教」が設立登記されたのは1989.8.29。第一号(5月)は宗教法人認可前の新聞です。
なお、どうでもいい話かもしれませんですが、シャモン新聞からサマナ新聞に変更される際に、号数の通し番号は変更されていません。

金剛心(1996年頃のオウム真理教機関誌)

 破防法の解散命令が浮上した際に、適用回避のために、1996年に尊師を開祖ということにし、教祖を麻原彰晃の2人の子供(松本鏡暉・松本璽暉)に変更した頃の教団機関誌。「覚醒の時」よりも古い1996年に発行されたものです。
 いつ「金剛心」第一号が発行され、どのタイミングで鏡暉・璽暉が教祖になったのか。 1996年6月7日号(第2号)では麻原尊師のみがグルで、璽暉・鏡暉リンポチェ猊下の登場はなし。しかし1996年9月25日発行第4号では、既に璽暉・鏡暉リンポチェ猊下が登場しています。
 そのため、1996年7月に発行された第3号で璽暉・鏡暉両リンポチェ猊下が大々的にお披露目されたと思われます。

地域のみなさまへ(2002年1月から発行された千歳烏山住民対象と思われる文書)

2000年末にオウム真理教(宗教団体・アレフ)が千歳烏山のアパートに移住。住民がこれに対して激しい反対運動を起こしました(「ひかりの輪」のみが生活している今でも継続中)。その際に、オウム側の言い分を宣伝するために、2002年1月より住民を対象に発行された雑誌?(ただのA4文書)と思われます。不揃いで、第1号(2002年1月21日)から第11号(2002年10月16日)まで所持しています。

徹底的に修行するぞ委員会 第一号(発行年月日なし)

詳細は全く不明。第1号(全4ページ)のみ所有。発行年月日等も記載されていません。誰かご存じの方、教えて下さい。

 

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