ピンピンコロリは思考停止
「どうせ死ぬ時は死ぬ」「後のことは知らない」「墓なんてどうでもいい。死体はどっかに捨ててくれ…」。
自分の死後については誰もが必死に考える。しかし、あの世が存在しようがしまいが、この世は半永久に残る。自分が無責任に死んでいくと、他人が迷惑する。

「老後ひとり難民by沢村香苗@幻冬舎新書」という本のP.97で、「ピンピンコロリは思考停止ワード」と上記の考えを批判している。
そもそも、ピンピンのままコロリといける保証なんかない。人間さんは、カラダの衰えは計算してもアタマの衰えは計算しない傾向がある。老いると現在の思考能力が落ちるどころか基地外なる可能性も高い。
更に、コロリの方も生きてる側にとって実に迷惑。死とは自分の魂の問題ではない。生きている他人の迷惑こそが死の本質なのだ。
どうやって「俺が死んだ」と伝えるのか。伝わってないと、死体が腐って近所迷惑。更に死体処理方法。死んだ人にしてみれば「どっかに捨てておいて」なのだが、遠い親戚・お役所にとっては、そんな甘っちょろい話ではない。死亡通知に埋葬許可、家が借家だったら大家さんは「損害賠償払え」の大迷惑。
そして水道電話新聞にチャッピーAmazonGoogleなど各種サブスクの支払いは永遠に続く。誰も死体さんのサブスクなんか把握してる筈がない。
無責任な「iピンピンコロリ」が引き起こす様々な「この世の迷惑」。それを俺みたいな「生涯独身者」は引き起こす可能性が実に高い。お前ら、自分の死は他人の迷惑なことを忘れるなよ。この本はそう教えてくれる。
自分は年齢Per及第点?
自分は50代にて「きずなの会」に入会し、死体処理の契約してるので、年齢Perでか「相当に自覚がある」方だろう。しかし、独身男性の悲しさ。それでも落第状態なのだ。

自分私が持ってる銀行・証券の口座を全部知ってる人間は自分以外に誰もいない。カミさんがいない男のデフォルトで、おそらく独身女も同じだろう。ましてやサブスクなんか、本人すら知らないケースが多い。だいたい、ハッピーメールだのFANZAだの、「この中国の生成AIなーに?」なんて人に言えるはずがない。
ボケてくると詐欺師さんに財産を騙し取られる可能性もある。合法詐欺師さんにおかしな商品を売っつけられるかもしれない。
更に自分が基地外になった時に備えて、終末医療を拒否しておかないと延々と生かされてしまう。
そして、処分されるのは自分の死体だけではない。残った自分の預貯金をどうするか。俺の場合、おそらく遺産相続人がゼロ。このままいけば国に没収されてしまう。「今のうちに創価学会に入って全額お布施」とか、決めておく必要がある。
死の本質は他人の迷惑。この本はゴチック体で『自分が伝えられない状態になったとしても、大事な人人の電話番号などの必要な情報が第三者にわかるようにしておく必要がある(P.192)』と強調している。
エンディングノート・もしバナゲーム

著者はエンディングノートを推奨している(P.190)。言うまでもなく、自分のためではなく他人のためだ。また「もしバナゲーム」というのが紹介されている。これ、妙に興味深い。まだやってないけれど、やってみたいと思っている。
オウマーやっててオウム真理教慣れすると、「人は死ぬ必ず死ぬ絶対死ぬ死は避けられない」「悔いのない死を迎えようではないか」と、何せ殺人もポアになるカルト宗教、死ぬことがホイホイと出てくる。しかし、「死の本質は他人の迷惑」と悟り、有り金をガンガン無駄遣いし、悔いのない死を迎えたい。



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