新富士駅は大石寺だけじゃない

昔、新富士近辺をお散歩した時に、この辺にかぐや姫生誕地があるという看板を見た(写真を撮影したつもりだけど、残ってなかった)。
ところで、「鶴の恩返し」と「竹取物語」をごっちゃにするのは私だけだろうか。この前なんか、かぐや姫と七夕を混同させたぞ。

今回は、皆様を富士市の「富士山かぐや姫ミュージアム」にご招待しよう。もっとも、一種の「The・箱物」とも言えなくないので、つまらないと言えばつまらない。
それゆえ、今回は展示の紹介ではなく、展示の写真を貼りながら、歴史や教育について思ったことを、面白おかしく簡単に愚痴ることにします。
タクシーが安全安心、広見公園も忘れずに

まずは交通手段のご紹介。
富士山かぐや姫ミュージアム、新富士からタクシーで行くのが分かりやすい。往復で5000円かからない。折角の旅だ、車のない人は出費しよう。GOの圏内なので帰りも大丈夫。なお、帰りのタクシー運ちゃんいわく、地元の人で私くらいの人はたいていガラゲーんなのでGOは使わないそうだ。
かぐや姫ミュージアムは広見公園の一施設、広見公園は普通の公園ではなく、様々な歴史的建造物や古墳が至るところに建てられている「歴史ゾーン」。山川の日本史教科書の年ページに何が書いてあるかバッチリ分かる人にはたまらない場所だろう。

なお、どっか探せば富士山が見えるのかもしれないけれど、今日の富士山は恥ずかしがり屋モードなので確認できず。
しかし、何せ日本人もやって来ない場所なので、ガイジーンもここまでは追ってこない。そもそも、外人は静岡ではなく山梨に行きたがる。なので、富士山も思いっきり出てくればよかったのだか。
今日は快晴。ネットの静岡県ライブカメラでも、新幹線の指定席からもモロ見え。期待して行ったのだが。
左翼は竹取物語を「ジェンダー化」できるのか

さて、竹取物語のかぐや姫の出生地に関しては、静岡が一般的だけど、奈良説と京都説もあるらしい。旺文社古文標準問題集(だったっけ)によると、かぐや姫からもらった「不死の薬」を、ジジババが「姫が月に帰っっちゃうんじゃイラネ」と山に捨てたので、不死山(富士山)になったといういい加減なストーリー。なので、静岡が自然だろう。
そもそも、竹から生まれて月に帰る宇宙企画の美少女なんて完全な作り話の主人公がどこで生まれようと知ったこっちゃない。

それよりも、あのストーリーも困ったことに、昔あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいたのだ。フェミフェミジェンダーが捏造するぞ。いや、ことは桃太郎よりも深刻だ。
かぐや姫ちゃんはロリロリの美少女。多くのイケメンのエリートたちが結婚を希望する。ルッキズムです! しかも、LGBTの立場が無視されている。更に男たちはかぐやちゃんをひと目見たくて、覗きまで行なっている。盗撮は犯罪!
しかも、ロケットもないのに月に帰る。非科学的です。「老人に不死身の薬」は現役世代から顰蹙を買い、神谷宗幣が絶叫するかもしれない。
桃太郎同様に、左翼フェミフェミなジェンダー戦士は、この物語をどう「ジェンダー化」するのだろうか。
平さん源さん足利さん藤原さんが歴史嫌いの子供を作る

ところで、日本史、好き? 私、嫌いです。寝てました。だって、いくら「日本史は暗記モノでない」と言っても、暗記しないと分からないじゃん。
おそらく、歴史嫌いは貴族の誕生あたりで発生し、鎌倉時代でふるいにかけられ、戦国時代で完全に爆死する。平さん源さん足利さん藤原さん、大量の人名をどうやって覚えろと言うのだ。前田敦子大島優子小嶋陽菜板野友美なら楽々覚えられるし、岡田奈々も2人の区別がつく。しかし、現在の大臣名すら覚えてないのに(片山小野田くらい)、同じ苗字の連発。覚えるほうがどうかしている。

しかも、読み方が絶対に変。源 頼朝。そもそも「朝」は「あさ」「ちょう」しかあり得ない。更に苗字と名前の間に「の」がある。めっちゃhtmlでふりがながふりにくい。
更に、「頼あさ」さんの奥さんが北条政子さん。こちらも「きたじょう」ではなく「ほうじょう」。しかも突如の夫婦別姓で左翼を喜ばせる。しかも「ほうじょう の まさこ」ではない。
そう思うと「織田の信長」とか「豊臣の秀吉」とか言わない。
いや、仮面の忍者赤影の時代が登場する前に、平さん源さん足利さん藤原さんの波状攻撃で歴史戦線から脱落しているので、日蓮も親鸞も知らないまま義務教育を終えることになる。
チャッピーだけが落ちぼれを救う
※ここから外に出て、広見公園の建造物を紹介します。

歴史の先生は歴史が当然好きなので、落ちこぼれの気持ちはわからない。それは全科目そうなのだ。
しかし、チャッピーは違う。中学生高校生から、学び直したいジジババまで、分かりやすく教えてくれる。
まず、源「の」頼朝だが、実はこれが「貴族のフルネーム」なのだそうだ。一方、奥さんの北条政子さんの「北条」は本物の姓ではなく、地名に基づくもの。だけど、現代感覚だと地名に基づく苗字の方が「の」がつきそうな気がする。「俺は”川崎の雅”だ」みたいに。

貴族的フルネームは「本姓を持つ家」だけの文化なので、平・源・藤原には「の」がつくそうだ。更に鎌倉時代を過ぎて室町時代になると、官職名(「中納言なんちゃら」とか「左大臣なんちゃら」とか)で呼ばれることが多くなる。更に戦国時代になると「貴族ネーム」「地名ネーム」「官職ネーム」がごっちゃ。ちなみに「徳川家康」の「徳川」も地名。
江戸時代になって、武士:名字+通称で庶民:名前だけ(苗字禁止)に統一、だそうだ。
チャッピーのお陰で名前の理解できたけど、しかし… やっぱり覚えられないや。
何故落ちこぼれるのか

日本史に限らず、必ずどこかで「落ちこぼれる瞬間」があって、その教科から戦線離脱する。この問題、偽善的な「分かりやすい授業」では絶対に解決しない。何をすれば「分かりやすい」のか、その科目に精通している先生には絶対に理解できないのだ。
「日本史は暗記科目でない」。これこそ偽善そのものではないのか。それよりも、覚えるコツを教えたほうがよっぽど落ちこぼれが減らせる。

かぐや姫ミュージアムの企画「曽我兄弟の仇討」の話は珍しく知っていた(河津桜を見に行った時に少し勉強した)けれど、写真の説明文が全く理解できなかった。
しかし、曽我兄弟のお父さんが河津掛けのネーミングの由来であることは絶対に忘れない。良い子も悪い大人も、そんなもんだ。
それでは、タクシーが来たのでかぐや姫ミュージアムから退散することにしよう。帰りに中央公園に寄っていこう。だけど、富士山がいないんじゃなあ。



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