水族館のひみつ(泉貴人著・中公新書ラクレ)に対する違和感

お魚・動物
お魚・動物教育

 最初に言っておく。この本は面白い。私の「水族館ネタ」を楽しいと思う人ならば、人によっては文体や語り口にカチンと来ることがあるかもしれないが、必ず得るものがあると思う。お勧めの本である。
 文章も分かりやすい。全国1000万の水族館ファンの方は、お買いになってはいかがだろうか。

研究者目線の「水族館の裏側」

 この本は、子供向けのような体裁を取っているけれど、かなり「大人向け」の本。
 いわゆる水族館の裏側を語った本であるけれど、前にこの日記でご紹介した「水族館飼育員のただならぬ裏側案内(なんかの菌 著)」とは、ひと味もふた味も違う。

 筆者はイソギンチャクを専門にする大学の先生、いわゆる「研究者」である。
 そもそも水族館のはじまりは「研究機関」である。水族館の中には名前すら決まってないような貴重な生物が多数存在し、画期的な研究が生まれている。そう語る「研究者」「学者」目線からの水族館やその周辺領域の話が満載である。

違和感の正体「研究」

  だが、私はどこか読んでいて「違和感」を感じた。何というのか、話を聞いていて「ムカつく」ことがあるのだ。面白い本なんだけど、何だろう。
 理由はそのうちに分かった。私は今年の5月まで、こういう人を40年近く見てきた気がするのだ。気のせいだろうか。
 「先生」はことあることに言う。「私たちの研究が」「研究の自由が」。「研究」。お金を払ってサービスを受けるユーザーにとっては、全くどうでも良い存在。しかし、「バックヤード」では、研究は猛威を振るう。水族館もそうなのだろうか。

水族館と大学は似ているのか

 水族館は大学と構造が似ているのかもしれない。大学の利用者(保護者や学生)は「勉強して良い就職につく」ことを目的に大学に来る。水族館の利用者(ママと良い子)は「楽しい時間を過ごす」ことしかか考えてない。どちらも、お金を払ってくれる人は、「研究」なんて全く考えていない。

 しかし裏側では「研究」という魔物が幅を利かせる。イソギンチャクの研究ならばまだしも、「安倍総理を叩き切る」先生は何を研究しているのか。
 イソギンチャクならまだしも、文系の「研究」なんて要らん。もっと卒業生が企業で出世して各業界で有名になって、あんたじゃなくて卒業生が続々とマスコミに出演する授業をやってくれ。
 大卒のみなさんは、職員などに「優の数は関係ない」「体育会の方が就職が有利」と言われて、ブチ切れた経験があるかもしれない。さよう、学生にとって「優の数は関係ない」は、「研究室を全部ぶっ壊してスポーツ施設を作れ」と同義語なのだ。
 お客様は神様です。お金を落としてくれる人の意見がもっとも重要じゃないですか。

水族館も教育をやめれば倒産する

  水族館は「レジャーランド化した大学」なのか。保護者も良い子も、カップルも、楽しければよい。ただ、多分、レジャーランドに徹すると、水族館は近い将来潰れると思っている。というのは、「ネトウヨナチナチ」や「フェミフェミジェンダー」同様に、「コヴァコヴァヴィーガン」が力を増しているのだ。
 人間は肉を食う生物なので、ヴィーガンは矢島尋や洞口朋子みたいに絶対に主流になれまい。しかし、コーヴァな人々や「可哀想なワンちゃんニャンちゃん」勢力が、「イルカショーをボイコットしよう」戦線に参入するかもしれない。

 今現在、日本では圧倒的多数が動物園・水族館存続大賛成。イルカショーのボイコットすら国民的課題になってない。しかしですよ、皆さん。ほんの10年前、正式な証明書から男女欄が消えるなんて思いましたか? 一瞬でテレビからジャニタレが消えましたよね?

大事なのは教育

 水族館もどこか「教育」の要素ががないと、そのうち「公営」でできなくなるだろう。 
 もっとも、綺麗な金魚に電気チカチカのアートアクアリウム系を運営している人に言わせれば、「多くの人々が芸術を鑑賞して豊かな心を育み、この浴衣コスプレサービスで外国人にまで喜んでいただいている。お前のイソギンチャク研究なんて所詮は狭い学会の世界だけの話。世の中に何の役に立ってない」となるのだろう。 ただ、いずれにせよ「教育」の錦の御旗が必要になる。

 「開き直ったエンタメ水族館」は「スポーツだけの大学」同様に、どこかで行き詰まる。水族館も、良い子への教育の要素をメインに据えないとやっていけないだろう。主人公はお客様。しかし、お客様に快楽だけ与える訳にいかないのは、教育機関と同じだと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました