脱カルトは「テロを防ぐ組織」から「テロを擁護する組織」に、脱会者は「反省する人」から「被害者面する人」に変わってしまった

オウム真理教・破壊的カルト
オウム真理教・破壊的カルト

カルト宗教脱会者とは殺人鬼と一緒に世間を脅す存在なのか

 地下鉄サリン事件から30年以上過ぎると、随分と世の中も変わるようだ。
 いつの間にか「脱カルト」とは殺人者を卑劣な言動で言質を取られぬように擁護し、被害者を侮辱することになったようだ。そして「脱会者」も殺人組織に加担したことを反省しながら社会復帰を目指すのではなく、匿名性に守られ殺人鬼を擁護し被害者誹謗し、一派市民にまでも毒づく人間に組織に変わったようだ。 

 ちなみに、「オウムシスターズは宗教2世でソーマーさんもセーラーさんもも被害者」とか、「バドラーさんは親の影響で人生が台無しになった被害者」なんて、ただの一度も聞いたことがない。3人とも、サマナ時代は殺人どころかゴキブリすら生け捕りにして逃がしたのに。
 Xを見てみれば気がつく。多くの「カルト問題に興味を持つ人」が、ギャグでもなく「山上さん」「山上徹也さん」と呼ぶ。
 自分も時折殺人者や性犯罪者を、例えば「宮崎勤さん」のように呼ぶ。もちろん嫌われ者を狙って「さん付け」するブラックジョークだ。しかしヤマガミのはマジで言っている。

 正直、今日の論告求刑も来年の判決も見たくもない。いや、無期でも有期でもいいから死刑じゃないことを今日確定させて、家庭連合宗教法人法解散もさっさと終わらせて、新たな気分で正月を迎えたい。
 幸い、家庭連合関連の動きは、有権者の政治動向に全く影響がない。高市さんに感謝する。

「決して擁護しているわけではない」「紹介しただけ」という卑劣な言い訳

 何せ「地下鉄サリンゲーム」ごときで狂ったように批判されたのに、安倍晋三さんの国葬会場近くで射的ゲームをしたら、弁護士広報媒体が好意的に紹介する。
 おそらく、いざとなったら「擁護しているわけではない」「あくまでも紹介しただけだ」と醜い言い訳で逃げる。たかだかサリンゲームで狂ったように批判したのに、あれが「卑劣で無責任な擁護」でないはずがないのにだ。

 「ヤマガミにたくさんのカンパが集まった」という報道の類も同じ。今後、批判が集まってくれば、あの弁護士もあのジャーナリストも「ただ、そういう事実があると紹介しただけ」「決して擁護しているわけではない」 と何食わぬ顔で開き直り、いざとなれば平然と批判する側に回る。
 紀藤正樹や鈴木エイトも石坂啓も、許しがたいことに変わりはないけれど、石坂啓には人間としての誠実さがまだ残っている。

「伊藤律架空記者会見」「西表島珊瑚礁」「慰安婦吉田証言」に匹敵する

 しかし、安倍さん射殺以降に突如と始まった「30年前の事例を駆使した統一教会報道」は、「伊藤律架空記者会見」「西表島珊瑚礁」「従軍慰安婦吉田証言」に匹敵するマスコミ犯罪、いわゆる捏造ではない。しかし、必ず日本国民という名の神の裁きを受ける。既に、菅義偉さんの弔辞以来、徐々に国民は正気を取り戻している。

 石破さんの不人気だって家庭連合問題とは何も関係なかった。むしろ、長く安倍さんの対抗馬的存在だったことや、安倍さんと違って自民党内左派ポジションだったから不人気だったのだ(もっとも岸田さんよりも右だと思うけど)。

 高市さんが実績を重ねて、「安倍晋三記念館」「安倍晋三タワー」みたいな話になれば、「報道機関が発狂した数カ月」は伊藤律・珊瑚礁・慰安婦と並ぶ問題報道として長く伝えられ、後世に伝えられる。
 日本の民主主義史上最も人気があった(戦後日本で最も偉大な男)が殺されて、言質を取られぬように殺人鬼を無責任に擁護する人間が勝利することなど絶対にないのだ。

「気に入らない選挙結果は認めなくて良い社会」は元に戻らない

しかし、覆水盆に返らず。壊れてしまった民主主義は元に戻らない。「リベラル」という生命体は、夢にまで見ていた己がどす黒い欲望が現実に起きたことを、目の当たりに見てしまった。「社会に馴染めない人々」が、地下鉄サリン事件でどす黒い「夢にまで見た光景」を目の当たりに見てしまったのと同じである。

 ヤマガミはまさに「もっとも成功したテロリスト」だ。日本の左翼界をコントロールしているのは山本太郎でも田村智子でもない。「あの日」以来、ヤマガミが左翼のマインドをコントロールしてしまった。
 嫌いな政治家は殺しても良い。だって、世間が支持してくれるんだもん。
 オウマーと違ってヤマガマーには、朝日毎日などの大新聞、多くの「カルト問題ジャーナリスト」、多数の「弁護士」や「タレント学者・知識人」など、数々の無責任な味方が勇気付けてくれる。
 嫌いな政治家は殺して良いのだから、気に食わない政治演説は集団で押しかけて潰して良いし、選挙結果が気に入らなければ認めなくても良い。既に多くの知識人文化人などが、やれ石丸だやれ二馬力だと当然のようにしたり顔で語るのは、奴の隠れた影響だと思っている。

 選挙結果も気に入らなければ認めなくて良い。当然のことながら、来年1月の判決が何であれ「気に入らない判決は認めなくて良い」のだ。何だかの方法で死刑判決を出した裁判員の住所氏名が「連中」の手に渡るに決まっている。

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