不破哲三逝去 破壊的カルトのカリスマまたも逝去

日本共産党・左翼
日本共産党・左翼

 大川隆法・池田大作・浅井昭衛と神々が相次いで天に召され、そして不破哲三。またも思想会のカリスマそして破壊的カルトのカリスマがこの世を去りました。

反党分子も襟を正すイケメンのカリスマ

共産党前議長の不破哲三さんが死去 95歳/毎日新聞2025.12.30
https://mainichi.jp/articles/20251230/k00/00m/010/118000c

 見ての通り、彼、イケメンでした。
 本名・上田健二郎。「日本共産党のプリンス」と呼ばれてたんです。

 兄の上田耕一郎も日本共産党の幹部で、「政策・理論構築」的には兄のほうが上で、共産党躍進最大の武器だったユーロコミュニズムも兄の耕一郎の主導らしい。しかし、若ハゲの耕一郎よりもイケメンの不破哲三の方が受けか良いので書記長に選出された…という話の真偽走りません。
 松竹伸幸・東郷ゆう子といった「歴史的反党分子」でさえ、不破哲三に対して「やっとくたばったか」ではなく、素直に弔慰を示していました。

「栄光の日本共産党」「自由と民主主義の宣言」の象徴

 ただ、松竹氏にしろ東郷氏にしろ、単に「トップが死んだからお悔やみ申し上げた」というわけでもないでしょう。
 特に松竹伸幸さんにとっては「全盛時代の日本共産党」「イタリア共産党という”お手本”があった輝ける共産党の指導者」、自由と民主主義の宣言をかかげ、最盛期に衆議院40議席を超えた共産党のトップに見えるのでしょう。

 上記動画でこんな話をしている。松竹さんが共産党に入湯した頃の話。
 政治討論会で司会者が「アメリカとソ連とどっちが言論や民主主義という分野で優れているか」と聞いた。松竹さんは「ソ連も捨てたもんじゃない」みたいに答えるのかなと思った。しかし不破哲三は「政治的民主主義の分野では、アメリカの方が優れているでしょうね」と答えた。それを聞いて松竹さんは、「ああ、共産党に入って良かった」と思った。
 SNSで今でも支持者が叫んでる「日本共産党は中国や旧ソ連と違って、ウピーッ!』」を作った開祖であり、今の日本共産党の思考パターンの礎を確立した「思想的カリスマ」だった。そしてあの当時は「資本主義国最強」イタリア共産党というお手本があったので、自信を持って「うちはイタリアの方です」と言えた。しかし、自らそれを否定してしまい、今は「なかった」ことになっている。

過去の遺物に泣かされ続けた

  「ソ連中国と違って、ウピーッ」を確立したのはいいけれど、戦前の宮本顕治リンチ事件などもあり、1979年の39議席+2の41議席以上の議席を未だに記録していない。
 イタリア共産党どころかソ連共産党も消えていった。日本共産党は相変わらず「旧ソ連中国と違う、ウピーッ」と言い続けたが、国民は徐々に離れていき、党の議席も一進三退を繰り返していく。
 この当時はまだ、戦後まもなく火炎瓶闘争で数々の殺人事件・騒擾事件を引き起こし、35あった衆議院の議席も4議席あった参議院の議席もゼロになったことを、多くの生き証人が知っているので嘘がつけない。実際にこの当時の日本共産党は「極左冒険主義」を認めており、党の紹介パンフにも記載していた。
 前述のイタリア共産党の構造改革路線を無き者にしたのも「殺人鬼」宮本顕治氏だったらしい。不破哲三は、何かと過去の遺物に泣かされ続けたのだ。

涙ぐましい努力

 そもそも、暴力革命でプロレタリア独裁だと明言しているマルクス・エンゲルス・レーニンの理論で作った国が、「資本主義国」と同じような自由と民主主義を国民に与える筈がない。
 しかし不破哲三は「プロレタリア独裁じゃない、執権だ」「暴力革命じゃない、強力革命だ」と訳語のインチキまでして「ウチは独裁も暴力革命もしない、ウピーッ」と涙ぐましい努力をした。

 そして時代が流れ、「生き証人」が皆無になり、かつての暴力革命やソ連派・中国派もしらばっくれると思いきや、インターネットという魔物が、正しい歴史を継承してしまう。
 そもそも、日本共産党自身が、1976年に声高らかに自由と民主主義を宣言して以来、退化し続けたのではないのか。松竹問題もまた然り。いや、これが何回目の「松竹問題」なのか。本当に「ソ連・中国と違う」自由と民主主義の党であると国民は感じたならば、今の体たらくはないはずだ。

2026年は悪い意味で日本共産党の年になる

 2026年は、日本共産党の年になる気がする。だだし、悪い意味で、文字通り「破壊的カルト」日本共産党が2世問題や人権問題などで塑像に上がる最初の年になる。もっとも、希望的観測も混じっているけれど、そんな気がする。
 確かに日本共産党は統一教会よりはマシな集団だろう。しかし、創価学会に比べれば極めて問題だらけの破壊的カルト集団。
 日本人は馬鹿じゃない。「反カルト」が言うように、家庭連合が終わったら次は創価学会…には絶対にならない。
 ほぼ全ての日本国民が、「創価学会>>>日本共産党>>>統一教会」でマシだと思っている。ゆえに、統一教会が宗教法人法解散した後に、いきなり創価学会ではなく、必ず「間に挟まってる問題児」に着目する。

 不破哲三はおそく、本気で自由うと民主主義を守る「生産手段を社会化した国家」ができると信じていただろう。少なくとも「ひーひっひっひっ 『自由と民主主義を守る』と騙して、プロレタリア独裁で強制収容所を作る計画にも気づかずに」ではあるまい。
 しかし、なぜか知らねど、自由や議会制民主主義とマルクス主義とは両立しないのだ。

 それでは、安らかにお休み下さい。唯物論者に「天に召される」は失礼なので。

コメント

  1. カイヨー研究開発機構 より:

    せっかく日共はソ連や中国と違ってウピー論法を思いつき、北朝鮮による日本人拉致疑惑についても国会で率先して俎上に載せるなどしていたのに、冷戦後は中共や朝鮮労働党と和解してしまいました。ソ共やイ共、フ共、さらには東欧やモンゴル等の衛星国各国の共産党が軒並みなくなってしまったので国際的な孤立を覚えたためでしょうか。でも、津久井の大豪邸を作るあたりはソ連のノーメンクラツーラともともと大して変わらない気がします。

    なお、某共産趣味者のブログによると、不破哲三は殺人鬼宮顕からいじめられまくっていたので、殺人鬼のお気に入りだった志位和夫さんを殺人鬼の死去後に「僕は違うな」の一言でいじめまくっていたそうです。元ネタはチークダンスで査問を受け追放された例の方の本だった気がしますが。

    • sinzinrui より:

      >>不破哲三は殺人鬼宮顕からいじめられまくっていたので、殺人鬼のお気に入りだった志位和夫さんを殺人鬼の死去後に
      >>「僕は違うな」の一言でいじめまくっていたそうです。

      これはおそらく事実でしょう。
      殺人鬼さんは不破の構造改革論が、マルクス主義と矛盾した「社会民主主義的誤謬」と考え、嫌いだったがゆえに、イビっていたようです。
      もっとも、殺人鬼がポアしたその日から、イタリア共産党の精神を!でいきそうなのに、そういかないのが不思議なところ。

      志位和夫って、特に理論を構築してないですよね。
      だから変な赤本・青本作って、これを読めば共産党の正しさが分かると、元来、そんな考えだったようです(某松竹Youtube)。
      しかも田村智子になって、ますますプロレタリア独裁に近づいているイメージです。

タイトルとURLをコピーしました