非読社会
稲田豊史氏の「本を読めなくなった人たち」(Kindle版)を読了した。
この本を読んでいる時に、ちょうど「三省堂騒動」が局所的にバズった。新装開店した三省堂書店の店内がスカスカで気に入らないと自称「読書通」が騒ぎ出したのだ。
今日これから実際に見に行こうと思っているけど、ちょうど「良い予習」ができた。
この本はYoutubeで知った。
『「本を読まないから知的でない」ってことはない』というのに興味を持った。私も同じ事を考えていたからだ。
本を読めなくても知的になれる「非読社会」はどんな社会なのか。
表紙が「今の大学生はこんなに馬鹿だぞ本」を想起する

しかし、この表紙を見ると、どうしても「今の大学生はこんなに馬鹿だぞ本」の印象を与える。
そして、第一章第二章と、そんな感じに読めてしまう内容がダラダラと続く。しかし筆者も、今の大学生の読書率の低さは、ただ単に日本人全体の読書率に近づいただけであることを指摘している(P.50)。ただ、前半を読んでいると、どこか「大学生はバカだぞ本」に読めてしまう。私は第三章からエンジンがかかってきた。
大学生へのインタビュー結果を中心に、様々な人による様々な本(出版物)とネット記事 にまつわる動きを伝える内容になっている。
上記の「三省堂書店な人」は、直近1年間で方活字本が古本含めて3冊というT夫さんに言わせれば、『明らかに歩に読んでる自分が好きなんだって感じ(P.170)』なのだろう。

第一章は無料ウェブでニュースを読む若い人の話。もう既に大人もそうなっていると思うけど… もっとも、ネットニュースの現状は『他人の不幸』『エロ』『マンガ』『クイズ』しかバズらないそうだ(P.29)。しかし、タイパ(コスパならぬTIME PER)が悪い本よりもネットの動画に若者は走る。しかし、確かに読書はタイパが悪い。
この本を読んでる中高年は、馬鹿っぽく見える大学生の言い分を「正しいのでなないか」と考えながら読むと、自分自身の成長になると思う。実際に今の大学生は昔に比べて実にしっかりしている。読書をしなくても知・徳とも立派な人間になれるのだ。
結論を断定しない本

あんまり内容を書くと筆者に怒られるので、以下は「読んでからのお楽しみ」としたい。というのか、この本は、安直な決めつけや結論を書かずに、読者に考えるヒントを与える本なのだ。P.91の記載を使えば、『結論を断定すること』を控えた本だろう。
本を読んでいて「あれ?」って思う意見もあれば「なるほど」と思う意見もあり、「当たり前じゃんこの馬鹿が」と思う意見もある。この本を読んで、おそらく『非読社会』の正体は分からないだろう。
そこそこ中心的な「おもしろみ」「わかりみ」だって所詮は相対的なもの。分かるから面白いのであって、面白いから分かるのだ。良書も良Youtubeも、面白くて分かりやすい。これだけは間違いない。



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