関則可さん死去/朝日新聞2026年2月9日 5時00分https://www.asahi.com/articles/DA3S16400195.html

アマ将棋最強の男と言われると、皆さんは誰を思い出しだろうか。
少なくとも、関則可を思い出す人はごく少数、それも老人かつ変人だろう。
しかし、もう50年前か60年前か、確かに「アマ最強は関則可」と呼ばれていた時代があった。
近代将棋にアマ強豪百傑という投票企画があって、常にNo.1だった。というのか、「プロと同じくらい強いアマ」としてそこそこ知名度があるのは関則可だけだった。関則可とアマ強豪が戦う「関則可81番勝負」という企画もあった。アマプロ平手が絶無だった時代、「誰それに平手で勝った」なんてのが話題になる時代だ。「プレ小池重明時代」とでも呼ぶのか、確かに「関則可」は最強アマだった。

朝日新聞で観戦記を書いていたため、朝日新聞がごく小さく報じてくれた。しかし、彼が作ったアマチュア将棋連盟のXでも訃報も、「とりあえず」という感じだった。
おそらく、彼のプロ将棋連盟やプロ棋士への強烈な対抗意識が、プロや一部のアマから嫌われたのだろう。
嫌がらせ的なこともあったのではないか。将棋界隈は閉鎖的でかつ「将棋指しに善人なし」。将棋は病み付きになるほど沼るカルトだけど、将棋指しは平気でポアするミラレパみたいなクズが多い。
もっとも、彼自身も、過去に手掛けた数々の「プロ棋士ゴーストライター本」を、実は俺が書いたなんて約束破りをしちゃったたように、ヘコまない人だったようだ。 定跡通の研究将棋。いわゆる山田教室に通っており、「横歩取りは生きている」に彼が新手を発見した旨の表記を見る。

そしてその後、アマプロ交流戦も盛んになり、アマ強豪も「胡散臭い真剣師」から「エリート大学生」に移り、アマプロ研究会も普通になり、「元奨励会」もむしろ権威あるステータスとなった。
一方、アマプロ戦よりも人コン戦が注目されるようになる。コンが圧勝するにつれて、 人間はコンピュータの結論を積極的に活用するようになった。
関則可は完全に忘れ去られた存在になってしまった。今回の訃報も「アマ連創始者」の扱いだけで、「日本最強のアマチュア」にしては、随分と淋しい気がした。
謹んで御冥福をお祈りします。



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