ライシテからみるフランス美術 信仰の光と理性の光

オウム真理教・破壊的カルト
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オウム真理教・破壊的カルト

フランス幻想を壊してくれたオリンピック

 反カルト業界で、一時期フランスがお手本の素晴らしい国であるかのように言われていた。今でもそうかもしれない。1980年代に創価学会がフランスで「カルト」認定されたこともある。一部では、フランスはカルト宗教対策が進んだ素晴らしい国と思われているようだ。
 しかし、あの国は「ライシテ」と呼ばれる厳密な政教分離を行い、イスラム教信者のJCがフランスの中学校でスカーフ着用を禁じられる(スカーフ事件)ような国。公共機関の結婚式で「キリスト教式」ができないそうだ(「ライシテから読む現代フランス:伊達聖伸著(岩波新書)」より)。
 フランスオリンピックの入場式で、多くの日本人がフランスの「もう一つの顔」を知ったことは実に良かったと思う。首チョンパやキリスト教の揶揄こそがフランスの「理性」。何となく感づいた人も多いのではないか。

宇都宮美術館で芸術鑑賞

 ライシテからみるフランス美術 信仰の光と理性の光という芸術展が宇都宮博物館で開催されている。興味があるので、一昨日の土曜日に行ってみることにした。
 しかし、私は美術館に殆ど行かない。行ったのは八王子の創価美術館と熱海のMOA美術館だけ。私、絵画の前でじっとしている行為ができないのだ。
 そこで今回は、最低限10秒は前にいることを目標にした。少なくとも「字」の方は読むだろう。10秒ルールは失敗したが、私のところで渋滞が出来たので、「目標」は達成したようだ。

 会場に入る前に「予習して下さい」という紙があったことに、帰り際に気がついた。何となく眺めると、今回のテーマが掴めるかもしれないし、そこそこ勉強になるので置いておきます。
 なお、会場は一切写真撮影禁止。よって写真紹介ができない。よって、ここまでの内容を踏まえ、あくまでも自分の意見として、 ライシテそしてフランスや日本の「政教分離」について考えたことをつらつら書いていくことにします。

信仰vs理性とはキリスト教vs民主主義のこと

 この美術展のタイトル副題は「信仰の光と理性の光」。
 フランス革命は王様だけでなくキリスト教も弾圧サイド。今風に言えば、重税を課す王様やクリスチャンをやっつけようというのがフランス革命。そして王様をギロチンにかけて以降も、「信仰サイド」と「理性サイド」は抗争を繰り返した。今風に言えば、「キリスト教=ネトウヨ」で「理性=パヨク」だ。もう、あの頃の学校教育フランス史なんて忘れてしまったが、革命後もネトウヨとパヨクがやり合ってる印象だけはある。
 そんな中、「理性陣営」がネトウヨ=クリスチャンが悪いことが出来ないように、厳格な政教分離である政教分離法を1905年に作った。これがライシテの原型だ。すなわち思想の自由の守るために、自由に信仰するのをキリスト教が邪魔しないようにしたのだ。

 日本で「信仰の自由=政教分離」が確立したのは戦後現在の憲法体制になってから。政教分離を誤解している人がいるけれど、あれ、実は英語だとSeparation of church and state。「キリスト教と国家権力を分離する」という意味で、日本で言えばSeparation of Yasukumi and state。神道が創価学会の信仰を邪魔しないようにするのが目的で、久本雅美を馬鹿にすることではない。

「カソ・ライシテ」「ヤスクニ政教分離」

 しかし、権力者から思想の自由・信仰の自由を守る目的で設立されたライシテが、1990年辺りからおかしくなってきた。原因はイスラム教。
 前述の「絵画を見る前に予習しろ」の紙にも記載されているように、イスラム教を弾圧する口実で「ライシテ」「政教分離」が主張されるようになる。言っているのは「理性陣営」ではなく、ルペンやバルデラなどフランスのネトウヨすなわち「キリスト教陣営」。これを前述「ライシテから読む現代フランス」によれば、「カソ・ライシテ」になってしまった。

 そう思うと、日本も全く同じ道を辿っている。
 最初に創価学会攻撃を仕掛けたのは日本共産党。まあ当時は「国立戒壇」って堂々と言ってたのだから、確かに憲法違反だ。しか1960年~70年頃の共産党と創価学会は、貧乏人を取り合ったライバル同志。貧乏人同志が潰し合わないように闇協定(創共協定)結んだこともあるくらい。

 しかし、第2時安倍晋三内閣、安倍さん無敵時代から、創価学会攻撃の主流派が左から右に変貌した。「護憲政党の公明党を離脱させろ」などの保守派による公明党政権離脱待望論が台頭する。
 ついに実現してしまったけれど、案の定、「夢が叶った」と大喜び。創価ソング「威風堂々」の扇子踊り動画を貼って「カルトだ」「気持ち悪い」と大はしゃぎしている。
 カソ・ライシテ同様の「ヤスクニ政教分離」。恐ろしいカソリックや靖国神社がイスラム教や創価学会などの信仰を邪魔しないように規制するのが「ライシテ」「政教分離」だったのに、多数派が少数派を規制する口実になってしまった。

「政教分離」は誤訳

 ライシテや政教分離を作った当時には、フランスのイスラム教や日本の創価学会が巨大勢力になることは予想してなかったのだろう。
 しかし、政教分離が確立したアメリカ修正憲法第一条には、「議会は、宗教の確立に関するいかなる法律も制定してはならず、またその自由な信仰の実践を妨げてはならない。」と記載されており、あくまでも「信仰の自由」のためにChcuchが悪いことをしないためのseparetionだった。
 思うに、Separation of church and stateを政教分離と訳したのがまずかったのではないのか。「キリスト教・国会分離原則」ならば分かりやすい。

 さて、与党でなくなった公明党・創価学会は、ますます合憲すぎる政党になってしまった。愛国者諸君は相変わらず「フランスでカルト認定されている、ウピーッ」っと叫ぶのだろうか。

コメント

  1. 名主 より:

    なんだか絵や彫刻観るのにややこしいですね

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