著作権よりも厄介な肖像権
ブログをやっていて厄介なのが、肖像権という代物である。
こいつが著作権以上に厄介だ。
いや、著作権はなし崩して崩れているので、そんなに心配はない(笑)。政治家の顔とか、私ではオリジナルを入手できない資料がたくさんある。そういう場合、「引用」してしまう。もっとも、引用ルールを無視して「剽窃」してしまう場合があるけれど、文句は来ないし、こっちの良心も痛まない。
問題はむしろ肖像権である。
例えば昔のオウム真理教の資料を取り扱っていると、そこに映っている人物の殆ど全てが今や「死刑執行済」あるいは「脱会者」なのだ。「脱会したら100%被害者」になれる統一教会と違って、「脱会したってオウムはオウム」が通用するオウム真理教だから、「知らぬ存ぜぬ」が通用するかもしれない。しかし、その中に「知ってる顔」がいると話が少し変わってくる… いや、これも問題だけど、実は他の問題が嫌なのだ。
通行人や群衆に肖像権はあるのか
新聞社なんか何ら良心がとがめることもなく、過去から現在まで平気でやっているこんな写真。これが実に厄介なのだ。


新聞・テレビでは普通に掲載されている風景だろう。もちろん、テレビも新聞も通行人の許可なんかとって取っておるまい。また、こういうケースでモザイクを掛けるのもおかしな話。しかし、通行人の肖像権を明らかに侵害している。
もっとも、例えば家庭連合の信者だと、何故か人権に配慮して(?)顔モザにしてもらえる。しかし、右の写真は自民党の選挙演説風景だから格別問題は起きない。しかし、これがもし共産党の応援風景だったらどうか。

「アカの顔はドンドン晒せ」という人も多いかもしれない。しかし、「たまたま聞いてみよう」と聴衆に加わってる人がアカ扱いされる可能性がある。
運動員だったら「お前らに肖像権は存在しない」が通用するけれど、パンピーだとそうもいかなくなる。
選挙演説の聴衆撮影は公共性ありの可能性が高い
こういう場合、私は写真を300ピクセルに小さくして誤魔化している。上記2枚の写真も同じ処理をしている。しかし、実は無意味なのだ。一旦小さくしても、実はAIの力でピンボケさせないで拡大できるのだ。

ネットにおける著作権が、嫌いな政党や支持者への嫌がらせとして機能していることは周知のとおりである。同じ意味で、肖像権も嫌がらせ的に悪用される可能が高い。
驚くなかれ。実際にあれは違法の可能性が十分あるのだ。チャッピーに言わせると判例があると。怪しいのでぐぐってみたらどれも存在しなかった(笑)ので真偽は不明。
しかし、選挙の場合は自分の意思で見に行ったのだから肖像権の侵害になりにくい旨、GEMINI・チャッピーとも言っている。だから、皆さんはアカの選挙演説に近づかないほうが身のためです。
しかし、私の写真で言えば、左の渋谷の写真は少々話が違ってくる。GEMINIいわく、報道機関に関しては、『1.報道目的が明確(ニュースとしての社会的意義がある)2.公共性・公益性がある(選挙、災害、事件、社会問題など)3;撮影方法が適切(隠し撮りや執拗な追跡ではない)4.被写体の社会的地位や状況に見合った報道(一般人を無意味に強調しない)』が「公共の利益のため、違法ではない」となるらしい。おそらく、我々ブロガーもこの基準でやってればOK…それならばいいけれど、おそらく、そうならない。
一般市民が「表現の自由」よりも「人権」「規制」を望んでいる

時代が変わってしまった。「インターネットの表現の自由を守れ」だったネット創世紀は終わり、むしろ悪役女子プロレスラーの不可解な自殺を引き合いに、「あなた達」がネットを規制しろと叫ぶのが令和の今。
とはいえ、人が写っている画像は、人数・表情・反応を含めて「写真」である。制服JKパンツ盗撮じゃあるまいし、群衆に顔モザをかけるのもおかしな話。群衆の表情あって、初めて「真を写した」写真になる。
いずれにせよ、ブロガーやネットユーザーは、肖像権という厄介な主張とも戦わなければいけないようだ。



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