「やらかした」「バレた」言論人ーえらてん・ボウズPから植草一秀・菅野完まで

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「やらかしてF/OUT」 言論人は女性アイドルにそっくり

 女性アイドルの男バレのように、言論人もスター街道爆進中に「やらかした」り、知られたくない過去が「バレた」りして、世間やネットの格好のネタになる。普段政治を語り他人を口汚く罵る人間が、実は「前科持ちだった」「やらかした」。何故か知らないけれど、学者・弁護士等「言論人の醜態」のほうが芸能スキャンダル以上に盛り上がる。 

 「やらかしたアイドル」同様に、「やらかした文化人」もかなりの数に登る。そしてアイドルにも地下アイドルがあるように、言論界にもKAZUYAやボウズPのような地下文化人がいて、地下文化人の醜態もネットワーカーの人気コンテンツになっている。

「やらかした」「バレた」知識人・文化人がスターの座に返り咲くには

 やらかした言論人が返り咲けるか否か。どういう人が返り咲いて、どういう人が「AV転落」するのか。これは、やらかしたアイドルが返り咲けるか同様に、法則性がなかなかつかめない。
 もうこれは、自分が思いつく名前を出して、法則性を見つけ出すしかない。

 地下言論人だと、本の出版が決まり売出し中に、元新興宗教の教祖がバレたえらてん(矢内東紀)は、そのまま沈んでしまった。一方、シャブ業者に注射器売ったボウズPは無事にやっている。もちろんKAZUYAみたいに、高卒ながらノースキャンダルでトップを走り続ける人間もいる。地下文化人は地下文化人で、なかなか奥深い。
 篠原常一郎は最初は地上デビューだった気がするけれど、結局は扇動的なデマや陰謀論紛いに走ったように、AV転落だってあるのだ。

 一方、地上の星を見ていこう。
 ネトウヨのドル箱「左翼やらかしトリオ」菅野完・前川喜平・米山隆一だけど、ハッピー米山は見事に返り咲いたが、そもそも前川喜平は官僚だし米山隆一は政治家。言論人は菅野だけ。そして菅野は「返り咲いた」と言えるのか。反カルトという部分社会で地下アイドルとして生きてるのが現状ではないのか。
 もっとも、同じ系列で「やらかし」た元メジャーアイドル植草一秀は、一時期「ちゃんとした政治の」単行本を出して返り咲きそうだったけれど、F/OUTしてしまったようだ。
 
 AKBで言えば、指原莉乃は派手にやらかしたけれどむしろ人気が上昇したけれど、菊地あやかは致命傷になった。じゃあ峯岸みなみは? 芸能界「やらかし組」返り咲きが複雑なのと同じ。「バレた」「やっちゃった」言論人がその後もやっていけるかどうか、一般的な法則がありそうでない。
 今は亡き安部譲二のように、前科が売り者で、それがゆえに価値がある言論人もいる。そもそも、何をもって言論人とするのかも難しい。ショーンKはどういう扱いか。宜保愛子はどうなのか。

何故言論人は清廉潔白が求められるのか

 そもそも、どうして政治を語る文化人・知識人は清廉潔白が求められるのか。それはまさに「政治系」だからなのだ。

 清純派アイドルが元ソープ嬢だったらまずいように、政治家・学者文化人のみならず一般市民をも口汚く罵る文化人・知識人は、教養が高いのみならず、人格的にも立派でなければならない。ここが評論家にもモラルが求められる理由だ。「やらかした」り「前科バレ」したり「元カルト教祖」だったりしたら、お前、どの口で他人に偉そうにお説教してるんだよと誰だってブチ切れる。
 行動が伴わないクセに言論ばっかりご立派な人間は、全てのコミュニティーで嫌われる。マスコミの左翼的言動が「上から目線」と嫌われるのも、一般市民は本能的に「偉そうにしてる人」を忌避する。世の中に君子聖人なんかいないことを知っているのだ。
 そう考えると、宜保愛子やショーンKなどの「芸能枠」は今回の議論から切り離して良いだろう。

きれいな性犯罪・汚い性犯罪

 ただ、政治系言論人のスキャンダルには、その「政治性」がゆえに、「味方の前科はきれいな前科・敵の前科は汚い前科」の法則が頻繁に適用される。
 左派は山口敬之ばかり、右派は前川喜平ばかり執拗に叩く。この2件、冷静に客観的に見れば、どっちも際どい「灰色」部分が残っている。しかし、そんなことは知ったこっちゃない。
 ボウズPから櫻井よしこまで、菅野完から上野千鶴子まで、政治系言論人は政治の世界の住民。ゆえに政治家のスキャンダル同様に、政治系言論人の「やらかし」も政治的に処理される。これは芸能界の「やらかし」と明確に異なる部分だ。政治を語る言論人は政治の世界の住民。それゆえに政治家同様の厳しいモラルが問われる一方、しばしば「味方」からお目溢し動議が発令される。

最後にモノを言うのは「人間」

 どういう人がやらかしても返り咲けるのか。結局、分からないとしかいいようがない。実は原稿や画像音声から見えない「人間」が、返り咲きの可否を大きく左右しているのではないか。

 菅野完を「ドル箱」とほくそ笑み「この調子で頑張って!」と思ってるのは私だけではなく、家庭連合の信者だって思ってるだろう。何せ自らの出版物がインチキで廃刊になっても殆ど支援されなかった人。黒い噂は性暴力だけではない。
 一方ハッピー米山はとなると、あの人は潔く認めてしまったがゆえか、順調に復活してお嫁さんまで見つかり返り咲いた。結局、やらかしても「人格」が物をいう。前述の「政治的お目溢し」だって、周囲が「あいつが女でヘマしたから助け舟だそう」って思わなければ、誰も助けまい。

 ま、やらかさないのが一番なんだけど、何せ人間は欲望に弱いからねえ。

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