<政治部取材メモ>18~29歳の支持率ゼロ% 立憲民主「シルバー政党化」が止まらない/産経新聞2025.12.26
https://www.sankei.com/article/20251226-2B74QYEGH5IKXFY3IEF4BWHMWA/
有料記事のため全文が読めない。しかし、立憲民主党が18歳~29歳の支持率0%の快挙を達成したのは事実のようだ。

既に日本共産党がNHKの世論調査で18歳~29歳の支持率0%の快挙を達成しているが、話が立憲民主党となると話がかなり異なる。日本共産党と違って、まがりにりにも野党第一党(だった)。社会党・民主党・民進党そして立憲民主党と続く野党第一党が、0%の快挙を成し遂げたことがあっただろうか。
これは単に「支持しない」レベルではない。まさに若い現役世代は左翼を見るとオエッとゲロ吐くのだ。
それでは、どうして若い世代は左翼を見るとオエッとゲロ吐くのか。既に各人が様々な立場で論じているので、今回は私なりに、一種の昭和の軽ーい思想史的に論じてみたい。なお。似たようなことは過去にここに何回か書いている。「またかよ」と思った方、お許しください。
若者よ、政治に興味を持て!
まずは私のXより。

野党に支持が集まらないのは若者が政治に興味を持たないからだ。若者よ、政治に興味を持て!
この珍論は、大学の新左翼活動が壊滅し、日本共産党の躍進にストップがかかった1980年代の方が酷かった。私の頃だと、筑紫哲也(朝日新聞記者でタレント記者の元祖的存在)がよくやっていた。あと野坂昭如も「政治に興味を持て!」的発言を連発してた(と思う)。井上ひさしはどうだったか。森村誠一はやってなかった気がする。
いずれにせよ、大物の「旗色鮮明」な新聞記者や物書きや学者が多くいて、連日のように「若者よ、政治に興味を持て!」とやっていた。
さて、当の若者の反応はどうだったか。もちろん、オエッとゲロを吐いていた。
当たり前だ。左翼活動なんかすれば就職に差し支えることは周知の事実。一方、売れっ子小説家や新聞記者や大学教授は既に社会的エリートの地位を確保している。高収入でトップレベルの贅沢をしながら、安全圏から「政治に興味を持て」=「日本共産党を躍進させろ」「左翼的な過激な運動を起こせ」と言っているのだ。しかも政党名を伏せて、言質を取られぬように安全圏から「ゲバ棒を振り回せ」「共産党に投票しろ」。
今で言うMARCH関関同立レベルでさえ、よっぽど勉強しても朝日新聞になんか入れない。左翼の無責任で卑劣な扇動を真に受けて、「そこそこの幸福」を逸失してはたまったもんじゃない。
80年も後半になれば、既に左翼のイカサマテクニックはは見抜かれていた。当時は「進歩的文化人」と呼ばれることが多かったけれど、それもどこか揶揄的なニュアンスがあったと思う。
貧困なる精神・本多勝一
しかし、一人だけ、「若者よ、政治に興味を持て!」を嫌う「進歩的文化人」がいた。実際に、生協で「好きな物書きベスト10」みたいな企画をやると、1980年の時点で退潮著しい左翼の中で、一人だけ「ランクイン」していた男がいる。筑紫哲也と並び称された朝日新聞新聞記者・本多勝一という人だ。

この人は絶対に「若者よ、政治に興味を持とう」をやらなかった。
やらないどころか、あえて過激な原稿を書いてボツになり、それを他のミニコミ誌や自分の単行本に掲載した。その内容は「ヒロヒト」が絡むものが殆どだった。昭和天皇こそが侵略戦争の張本人だ…これでさえ「若者よ、政治に興味を持て!」な人々は避けるのに、彼はこう書く。「たくさんのアジア人をヒロヒトが…」。
まるで、昭和天皇の戦争責任よりも、「若者よ、政治に興味を持て!」な文化人に、「お前ら、偉そうに若い世代にお説教しているけど、実はエリートの地位を維持するためにいい加減なことを書いてるじゃないか」と言わんばかりに。
文筆生活の方法
実際に彼は「若者よ、政治に興味を持て」が嫌いだったのだろう。菅野完が文鮮明の女関係を批判するような左翼が許せないのかもしれない。筑紫哲也と本多勝一は仲が悪かったらしいけど、少なくとも気が合わないことだけは間違いない。

そんな本多勝一が、ある意味いかにも「彼らしい」ことを言い始めた。
1980年代に反核兵器運動が広がったことがある。その際に、文藝春秋や「諸君!(文春発行の右派論壇誌、廃刊)」が、この運動はソ連を利するものだとして反対の論陣を張った。
当時「文藝春秋」は、日本共産党の宮本顕治リンチ殺人事件を特集するなど右派メディアの代表選手と目されてきた。その前の田中角栄批判も、今で言えば「ゲル・岸田を叩いたに過ぎない」と本多勝一は論じていた。
本多勝一いわく、進歩的文化人は、多くの人々に「反核運動に参加しろ」と呼びかけておきながら、その反・反核運動の先頭に立つ文藝春秋にどうして協力するのか。文春に原稿を書くにしろ、どうしてあの雑誌の反・反核を批判しないのか。自分は安全圏に隠れて美味しい優雅な生活を維持しつつ、他人に対してはカッコイイ「反核」を呼びかけるのはおかしいではないか。そして、典型的な「文春系反核文化人」として大江健三郎氏を批判し続けた。

しかし、誰も本多勝一に賛同しなかった。当たり前だ。売れっ子進歩的文化人は、本多勝一以外は全員、エリートの地位を維持しつつ「若者よ、政治に興味を持て」なのだ。テレビやメジャーな場所では絶対に「ヒロヒト」なんて言わない。あくまでも高収入を維持しつつ若者を煽るだけ。
本多勝一に言わせれば、タバコをプカプカ吸ってる奴が他人に偉そうに禁煙をすすめるのと同じ、となる。しかし、「政治に興味を持て」にとっては、猪木の弟子のプロレスラーが「過激なプロレスと言っておきながら、どうしてロープに振ると跳ね返ってくるんですか?」と猪木に問い詰めたのと同じなのだ。
既に左翼は死んでいた

この時点で、「俺達はエリート中のエリートだけど、普通の大学生は就職活動で大変なんだ」と反省すれば、まだ左翼の退潮ペースを遅らせられたかもしれない。
本多勝一も消えて、若い世代がカリスマ性を感じる「進歩的文化人」は消え失せた。そして左翼は「安全圏から自己の地位を保全して、若者を煽動するだけの人間のクズ」としての磨きをかける。
左翼の失態も次々と出てくる。最初に上げたメンバーも、野坂昭如はニセ戦災孤児だし井上ひさしはDVだし、森村誠一は悪魔の飽食で偽写真の上に、共著者の下里正樹の追報劇の真実を知り共産党から離れる。その後も続々とやってくれた。「ベ平連とソ連」どころか日本にはソ連のスパイの代議士もマジでいた。更にネットが言論界に登場して、かつての日本共産党の火炎瓶闘争も世代を超えて知られた。
左翼のインチキで育った若者が親になり、その子どもたちが左翼を好きになるはずもなく、既に「反左翼3世」が社会で活躍する。
もう、カイヨーなんて誰も驚かない。左翼だったら女もラブホテルでお泊りで「打ち合わせ」するのだ。
しかし立憲民主党は未だに「若者よ、政治に興味を持て!」。
本多勝一は未だに生存していると思う。しかし、既にボケ老人で頭も正常に機能していないだろう。彼が共産党に続いて立憲民主党までもが「0%の快挙」を達成したことを知ったら、どう分析するだろうか。



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